制約と誓約

可能性の探り方、すごく難しいなと思っている。仕事にしろ勉強にしろ、10代にしろ40代にしろ

、自分の可能性を判断するという局面は誰にでも訪れ、そして難しいものでないだろうか。

拡げないと、見つからない

僕は新卒で大企業へ就職した直後に、「ここでキャリアを積むことが自分の人生の幸福につながるだろうか」と悩んだ期間があった。

転職エージェントと会ってみたり、気になるベンチャーの会社の前で出待ちをして社員にお茶を申し込んだりしていた。自分の可能性を拡げる何かが見つかるのでは、と期待して。

可能性とは、拡げて、試してみないと見つからない。「今の自分には見えていないが、より期待するものを得られる何か」はどこかにある。見つけるためには、貴重な時間を使って広く探さなくてはいけない。ここにジレンマがある。

スタートアップを経営していて感じる、「よりベターなテーマがあるのではないか」というジレンマもそれに近い。

深めないと強くならない

他方で、可能性を広く持ち続けている限り、その強度は増すことはない。

成功者に共通するのは、自身が見つけた可能性を、「すべてを賭けて」かけて深く掘り下げたという事実だ。ある期間、その他の可能性を拡げることを諦めたからこそできたとも言える。

人間とは通常「可能性を残しておきたい」生き物だと思う。

こんな選択肢があったら多くの人は喜ぶだろう。今の副業ブームもこれに近い思想が裏にあるのではと感じている。

制約と誓約

一方で先に記載したとおり、成功を支える資産は「自分には他の何かが有る」という可能性をあえて捨て(制約)、信じたテーマにフルコミット(誓約)した場合にだけしか得られない。

僕が好きなハンターxハンターという漫画には「念」という特殊能力が登場する。この念の強度を爆発的に高めるには、「自身に制約をかけ、それを守り抜く誓約をする」ことを求められる。

これは何も漫画の中にだけ現れる特殊な設定ではない。僕らの人生そのものではないか。

僕が賭けている可能性

ふわふわと流されるように人生を送ってきた自分にとって転機は2度あった。

1つ目は東北の地震で死と直面したこと。可能性を探してばかりでは、そのうちに人生を終えてしまうと理解した。同時に、家族や大事な人のそばにいたいという思いを強めた。

2つ目はプロダクトをつくる楽しさと出会えたこと。発明は人生の目標だが、そのプロセス自体が生きる喜びそのものになっている。

家族とプロダクト。このためだけに時間を使いたいと遅まきに学んだからこそ、今は迷いを減らして没頭できている(了)。