真のオープンさとは何か

「真のオープンさ」とは何かについて考えた。先日、あるスタートアップのCOOの方とランチしていて(A、とする)、以下のようなやりとりをした。
 
A: 「組織が40人に達して、一通りVCから指摘されていた問題が起きてきたところです」 Yamotty、以下、Y: 「おお、よく聞きますね。僕も1回目の起業ではその規模でたくさん失敗しました…ちなみにどんな問題ですか??」 A: 「これまでは誰が何をしているか十分にわかっていたけど、最近はお互いが把握できていたのができなくなったり…」 Y: 「ああ…」 A: 「お互いの業務を把握しきれているわけではないのに、全体会議では質問がなくなったり…」 Y: 「ああ…」 A: 「なので最近はミッション/バリューを制定して浸透させたりしてます」 Y: 「よく聞く話ですね〜実際効果はどうですか?」 A: 「まだわからないですね」 Y: 「そういう大上段のメッセージって結局行動の反復に反映されないと空振りですもんね」 A: 「そうなんですよ。SlackではDMを禁止していて、すべてPublic Channelで会話しているので オープンな企業文化 でそこまで問題は起きないと思っていたんですがね」 Y: 「なるほど…ただ、Slackで会話を重ねるのはオープンではない、という気もしました」 A: 「え」

オープンさ、の目的とは

上記の通り、僕は「Slackのようなチャットツール上で、誰もが見える場所で話すことがオープンである」といった風潮に疑問を感じている。
そもそも「オープンであること」は状態でしかなく、目的は別に存在するはず。
僕が経営する10X社においても「透明性(オープンさ)を高く保つこと」は一つの行動指針なのだが、その目的には以下のようなものがある。
  • 情報格差をなくし、心理安全性を保つ
  • 意思決定精度の人によるバラツキをなくす
  • 説明コストを極限まで下げる
  • 情報の追跡を容易にする
  • 誰もが自ら情報を取りに行くスタンダードをもつ

オープンさ、の前提にある考え

これらの目的を掲げる根底には以下のような考えがある。
  • 一つの情報を、複数の視点からレビューすることで情報は良質化 する。誰でもレビューできる環境が必須
  • 不断の努力をする優秀な人間であれば、持っている情報と行動指針が揃えばほとんど同じ精度の意思決定が可能
  • 「誰が最も知っているか」を容易に追跡できると情報収集コストが下がる
  • 情報の収集と高精度の意思決定が迅速化すると、アクションに集中できる
「BSでレバレッジをかけた事業開発」が難しい我々のようなスタートアップにおいては、「精度の高い意思決定を高速でし続け、実行により多くの時間を割ける組織」そのものが、企業にとってのBSに表現されない大きな資産となり、差別化要因となると考えている。
この背景から、「オープンさ」の重要性を意識するようになり、上記のような前提や目的を置くに至った。

誰にオープンであるべきか

上記のような目的で「オープン」な状態を創ろうと思ったとき、では我々は一体誰に対してオープンでなければいけないのか。
「現メンバーで、議論に参加していないメンバー」はもちろんだが、僕は「将来ジョインする誰か」に対してもオープンであることがマストだと考えている。
将来のメンバーが、過去の意思決定の背景などのコンテキストを汲み取れない場合、彼らが最大限のパフォーマンスをすることは難しい。
その場にいない将来のメンバーも含めて、コンテキストを理解できる環境を整えてこそはじめて「オープン」と言える。
なので、
  • ストックされる情報として残しておくこと(ドキュメント)
  • 参照しやすいこと
  • 加えて「誰が情報を持っているか」追跡できること
の3つが僕の考える「オープンさ」にはマストかな思う。

ドキュメント

これらの情報を集約させる場所として、現在は書きやすく/読みやすいという理由で社内のドキュメントツールにDropbox Paperを採用している。
創業期から全ての日報、様々な意思決定の背景、誰と会って何を話したか、までドキュメントにして置いてあり、すべてにアクセスできる。なお、最近10X社へ参加したメンバーも全てのドキュメントを読んでくれたらしい。
Paperの中に、自己紹介を記載するフォルダがあって、そこに各人の自己紹介を書いてもらっている。個人史と、どういうときにテンションがあがり、どういうときに下がるのかをドキュメント化してもらうことでお互いを知るコストを下げている。みんなの自己紹介は時折読み返すのだけど、都度発見があって面白い。
※ただ、できるだけシンプルなフォルダ構造を構築し、ドキュメントの参照をしやすいように工夫しているが、この点にいくつかペインが残る。検索もまだ弱い。ので、解消されることを願っている。
他にも様々なツールを試してきたが、結局の所どのツールも全てのニーズを完璧に満たしてくれることはない。
「書いて伝えるための工夫や習慣」は会社自体に埋め込んでいくべきもので、習慣の構築は経営の仕事である
※ 前職のメルカリで使われていたCrowiはバランスの良いツールだった。

雑談こそ相談である

「雑談こそが相談である」という考えがあり、10X社ではこの思想のもと
  • 大事なことは書いた上で、雑談する
  • オフィス内を雑談が生まれやすい環境にする
  • Slackはドキュメントのリンクを流布するツール
  • 雑談/相談したことも文字にする
という運用になっている。
細かなニュアンスや、感情を伝えるのに「文字」というフォーマットは不向きだ。そのため、情報を書くだけに留めず、「知識を一定揃えた上で話すこと」はより重要だと思っている。
「話すこと」の最もハードルの低い形状は「雑談」だ。ふわっと話すなかで、問題が解決された、という経験を持つ人も多いのではないだろうか。
知識を揃えることと、話して今ない視点を獲得することを、ハードルなく往復できること がチームのスループットに直結する。だからこそ10X社では同じ時間、同じ場所に集まって仕事をすることを是としている。

チャットに依存しない

上記の理由から、チャットツール上での議論はほぼ皆無となっている。Slackで最も元気なのはKPI botやAlert botだ。
僕も数年前は「Slack上で絵文字・顔文字を駆使して細かなニュアンスや感情をうまく伝える努力」を試みたこともあったが、ほとんど不毛だった。
得手不得手以前に、短文のテキストコミュニケーションだけでは無理なのだ。
チャットはどのチャネルで話すかによらず、話せば話すほどオープンさを失う ジレンマがある。その発言のしやすさとは対象的だ。
何かの議論が必要なら顔を見て話す。それが難しいのであればVideo Callなり、電話すればいい。そういう割り切り方をしてから、仕事がより前に進んでいる実感がある。
最後に、採用候補者向けにつくったスライドの1枚をもって、この記事を締めたいと思う。