小売を進めたテクノロジー

現在運営しているプロダクトをフックに「食品 × 小売」と密接に関わるようになり、そしてこの小売という業態の持つ複雑さや奥行きに魅せられている。
それと同時に、全体の市場規模で140兆円(オンライン化率6%強、モバイル化率2%)という国内の小売業界が次へ進む一端を、プロダクトやテクノロジーの側から担えるプレイヤーになりたいと考えるようになった。
 
 
これまでオフラインを主軸に成長してきた小売業だが、近年ではオンラインを主戦場として大きく2つの流れが生まれている。
1つがオンラインとオフラインを統合しよりシームレスな体験を描く「Online Merges with Offline: OMO」。そしてもう1つがデジタルフィットな商品開発とデジタルを駆使した顧客開発により直接商売を行う「Direct to Customer: D2C」だ。
これらの潮流は「より近視的なメディアの背景」から語られることが多い。例えばスマホ×SNSにより、人々が得ている情報が個別化したことで嗜好の分散化し、ニッチに深く刺さるプロダクトがD2Cとして成立するようになった、など。
他方で「小売業があるべき姿へ向かっている」という、より大きな重力がかならず裏に存在するはずでは、と考えた。ではどういう重力がかかっているのか?
本稿では、「オフライン小売がどういった発展をしてきたのか、そのテックドライバーはなんだったのか」というテーマで、過去に起きた変化の要因を抽象化して掴むことを目的にした。

日本における小売の発展とドライバー

小売はエンドユーザーと向き合う商売で、その発展は単純ではなく、多くの影響因子があったと考えるのが普通であると思う。
環境分析において「Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)」の4つを用いたPEST分析というフレームワークがあるが、特に技術やプロダクトという観点へ本稿ではフォーカスする。
エンドユーザーと向き合う時、どんな時でも「ニーズが産業へ大きな影響を与えている」というのは確固たる事実だ。そしてテクノロジーは「まだ満たされないニーズ = unmet needs」を満たす上で大きな役割を果たしてきた。では小売という業界において過去40年間、テクノロジーによって開放されてきたunmet needsはなんだったか。
それは「店舗や商品選択の自由」であったと考えている。たとえば1970年にAさんがすぐにアクセスできた店舗が「1」だったとすると、段階的にアクセスできる店舗は増え、現在では「10,000」を超えるような店舗にアクセスし、ショッピングを楽しむことが可能だろう。それを支えたのは政治、経済の変化ではなく、「技術や、技術を活かすための社会変化」によるところが大きいと考えている。
  • (技術)自動車というテクノロジーを活かすために、(社会)国全体に道路が舗装された
  • (技術)携帯電話というテクノロジーを活かすために、(社会)通信波の解放が進められた
といった具合に。テクノロジー主導で選択の自由を開放され、トラフィックが生まれる源は変化し、その変化とともに小売の勝者も(驚くほど劇的に)推移していった。これらを時系列に整理したのが下のテーブルになる。
 
テクノロジーが「店舗・商品選択の自由」を開放し、小売が発展してきた
「店舗選択・商品選択の自由」を開放した代表的なテクノロジー(プロダクト)は「自動車」「モバイル」の2つあり、中でも旺盛な需要をもつ女性や若者へこれらのプロダクトを浸透させた「軽自動車」「格安携帯や中古スマホ」は大きなトラフィック源になったのでは、と考えている。
時系列に掘り下げていく。
 
 
戦後から1970年代まで、市民の移動手段 = 小売から見たトラフィック源は主に徒歩や自転車だったが、自家用車、軽自動車という流れで、パーソナルな移動手段が普及していった。
これにより商圏(店舗選択の自由度)も
  1. 住居からの徒歩圏にある商店
  1. 公共交通のハブになる市街地に設置された百貨店や総合スーパー
  1. 大規模店が収納できるロードサイド
へと変化していった。
 
 
店舗選択の自由度が拡張されるにつれ、「都心にある食品から衣料まで揃う総合スーパー(Japanese Style Super Store: JSSS)」から、「ロードサイドのモール型総合スーパー」へ、そしてよりコスパの良い専門商材が扱える「ロードサイドの専門店」へと小売側も勝ちパターンを変えていった。
※よくJSSSはGMSと表記されることが多いが、GMSは米シアーズのような非食品をメインとした業態であり日本ではほとんど展開されていない。ここではJSSSと記載する。
この時代は「地方男性が1台目の自動車を手にした」時期であり、仕事帰りの機動力を持った男性向けに、ロードサイドでの男性向け専門店が大きく成長を遂げる。カー用品、紳士服、DIY用のホームセンターなどが顕著だ。
話は逸れるが、このトレンドの中で1980年に「JSSSである西友のPB企画」としてたった40品からスタートし、高品質・高単価な商品として異例の人気を獲得。卸により流通量を伸ばした後、西友からMBOにより専門店化し、現在ではグローバルに愛されるようになったSPA小売ブランドがある。無印良品を扱う良品計画だ。
 
良品計画は「JSSSの中の1カテゴリーから専門店へ」という急激な変化をうまくブランド成長へ転換した歴史が織り込まれており面白い。現在のD2Cの流れに通ずるものがあり、興味がある方はぜひ調べてみると良い。

移動力を持った女性が起爆剤に

「ロードサイド×専門店」の流れを決定づけたターニングポイントは「地方の女性が、家庭で2台目のクルマを保有し始めた」ことにある。中でも女性に大きく普及した「軽自動車」は広く女性へ機動力を与え、購買活動への参加を促した。
1990年代の中頃より自動車保有台数(左上図・青枠白抜き)に占める軽自動車の割合(左上図・赤)は伸び続け、2011年時点では約半数を占めるに至った。それにあわせて地方圏の女性の移動方法も劇的に変化し、1987年に自動車移動は26%だったものが、2010年には55%まで増加している。パーソナルな移動手段が地方に浸透していった様子がわかる。
 
こうした機動力をもった女性が、これまで「休日にパパのクルマで買い物」から「昼間や仕事帰りなど自分の時間に買い物」をするようになった。彼女たちの旺盛な需要の受け皿となったのがユニクロ、しまむらやドラッグストア(DgS)、100均ストアなどの女性をメインターゲットとしたロードサイド専門店であり、1990年代後半より爆発的成長を遂げた。
「軽自動車とユニクロ」の関係を知ったとき、自分の個人的な原体験とも重なり鳥肌が立った。
ユニクロやDgSが扱う「カジュアル衣料品、化粧品」などは元来、JSSSの中での「高利益商材」であった。食品の粗利が25%であるのに対し、衣料品は30~50%ほど確保できる。かつてのジャスコやイトーヨーカ堂は「食品でユーザーを呼び、衣料品や化粧品で利益を確保する」というビジネスモデルによって大きく成長した。1Fで食品を買ったユーザーがどれだけ2Fや3Fへ回遊するかがビジネスのキーであったのだ。
 
しかし女性が「店舗選択の自由」を手に入れ、よりコスパのよい商材や、自分にあった商品を探すショッピング体験を求めるようになると、「お店が広大で目的買いに向かないJSSS」は顧客の嗜好変化についていけなくなる。結果的にビジネスモデルに大きなダメージを受け、統合や廃止に追い込まれた。

移動の自由がTACの低いロードサイドで小売を発展させた

ここまでの流れを一旦まとめると
  • 1970年代 公共交通機関で移動できる市街中心部で栄えた百貨店・JSSS
  • 1980年代 自動車普及に伴い開発されたロードサイドJSSSや男性向け専門店
  • 1990年代後半~2000年代 女性が「買い物の自由」を得るにつれて成立し始めたロードサイド女性向け専門店
というように、テクノロジーによってユーザーが店舗・商品選択の自由」を得るに伴い、成長小売の立地と商材が変化してきた。より空いている安い場所で、より専門的な商材を、というように。
 
立地の答えは人口の80%が幹線道路を利用してアクセスでき、坪単価が劇的に安く駐車場を付帯できたロードサイドだった。上は大手チェーンの創業地リストだが、殆どが東京大阪以外の地方である。ロードサイドを制した小売が日本の小売をつくってきた。
ロードサイドにてトラフィックを獲得した小売が、そのキャッシュを活かして「SPA化・海外展開・オンライン化」の3つを同時に進めてきた。
 
 
しかし覇者が生まれたロードサイドの歴史だが、すでにロードサイド商戦が飽和して10年程度が経過している。トラフィックの流れも大きな変化がないため、勝者の顔ぶれはこの10年ほとんど変わらなくなり、入れ替え戦も起きにくくなってきている。
オフラインにおける小売の最大のドライバーが「店舗・商品選択の自由」であり、それを支えたのがクルマの普及だったことが示唆されるのではないだろうか。

社会変化を捉え、時間売りによって成長したコンビニ

ただここまでの成長ロジックでは説明できない、現代小売のもうひとつの覇者がコンビニだ。支流として、また小売の未来のヒントとして触れたい。
コンビニ(CVS)はクルマの普及 = ロードサイドの勃興が完了した2000年代後半以降も流通額を伸ばし続け、年間の流通額は12兆円に達している。明らかにロードサイドとは違うロジックで成長していることがわかる。
 
CVSはロードサイドの覇権争いが終わった後も販売額を伸ばし続けている
他の小売店舗が「技術の変化」に対応する形で発展してきたのに対し、CVSの発展は「社会の変化」を捉えた成長だったと言える。
では、どういう社会の変化を捉えたのか?
それは「単独世帯は増える」「共働き世帯が急増する」というトレンドだ。この社会変化に応じて発生した「家事を代行し時間を節約したい」というニーズに応えることでCVS業態が成長してきた。
CVSはスーパーで88円のペットボトル飲料が140円で飛ぶように売れ、家で作れば50円程度に済むであろうおにぎりが120円で売られ、メイン商材となっている。その差額は「時間を売る」というのがコンビニが提供している付加価値だ。
 
1974年にセブンイレブン1号店が豊洲に開店したのがCVSの歴史のスタートだ。このときはスーパーが閉まった時間帯の需要取り込みと忙しい人の当用買いといった使われ方で、 「他業種の時間的制約を逆手にとったスキマ産業」としてスタートした。
そこからフランチャイズ戦略やドミナント戦略により、徐々に成長軌道に乗ったCVSはさらなる代行ニーズに応え成長してきた。独自の商品開発によるMDの充実、郵便や宅配受付、行政サービス、チケットサービスなど。いまやコンビニでできないことを探すほうが難しい。
そうしてコンビニは様々なサービスを包摂していった結果、単なる「家事代行」とは言えない新たなニーズを捉えることとなった。1980年代のJSSSが提供していた「ワンストップショッピング」という価値だ。当時よりもはるかに高い品質で、様々な商材や、サービスを同時に受けることができる。
そして実は2010年代後半に成長している小売はすべて同じ価値を提供している。代表的なドラッグストアやドン・キホーテだ。ロードサイド飽和期における成長小売のトレンドは、様々な商材やサービスを同時に提供する複合的な体験構築になっている。

まとめ

小売は多くの変数をもった業態であり、そのなかで様々なテクノロジーも発明されている。
他方で小売業者の成長に最も重要な変数は何であるか?と問われたら「Where = 立地とタイミング」であるというのがロードサイドの歴史が示した答えだと思う。ことオフライン小売において、このWhereを動かしたテクノロジーはただひとつ、クルマだった。
クルマの普及完了とロードサイド飽和により、オフラインは10年停滞を始めた。オフライン停滞期である2010年代に入れ替え戦が起きた場所はどこなのか。それは間違いなくオンラインである。
本稿ではあえて触れなかったオンラインの歴史をたどると、ロードサイドの歴史に酷似している。
そして現行のトレンドであるOMOやD2Cは「ロードサイド後期〜飽和期」のメタファーで多くが説明できるのではないか、と考えている。コンビニやドラッグストアはそのヒントを示してくれる。気合がチャージできたら、次回はその点についてまとめたい。

本稿にて作成・活用したスライド

参考