なぜOMOは起こったか
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なぜOMOは起こったか

本稿では中国においてニューリテールという旗の元に起こった「OMO (Online Merges with Offiline)」の背景を整理し、なぜOMOが起きたのかを考察する。

はじめに

本稿の筆を執った理由がある。この5年ほど、スタートアップに限らず中国で先行した事業をインポートする形のタイムマシン事業が増えている。

ライブコマース、シェア自転車、ライドシェア、モバイルペイメント、無人コンビニ、モバイルオーダーが前提の飲食店…など常に話題に事欠かない。他方でこれらが日本で大きなうねりとなるかどうか、については違和感を感じ続けていた。

特に自分が専門としている「小売 × テクノロジー」においては、日本の小売を前へ進める要因は中国と全く異なるものになると考えている。中国でヒットした(ように見えている)「来店を前提としない、モバイルテクノロジーを活用した店舗」のような施策は、日本に巨大なインパクトをもたらすものではないだろう。

ニューリテールとは

初めにニューリテールという言葉について。ニューリテールはアリババ創業者であるジャック・マー氏が2016年10月に提唱した戦略的概念だ。以下のように説明している。

New Retail - the Integration of online, offline, logistics and data across a single value chain(1つのバリューチェーンの上にオンライン、オフライン、物流、データを統合させること)

アリババを中心とした中国企業が展開する「ニューリテール」の具体的な事業内容としては、大きく2種類に大別できる。

  1. モバイルネイティブ向けの店舗小売事業
  2. 店舗小売をデジタライズするプラットフォーム事業

1. モバイルネイティブ向けの店舗小売事業

日本でも幾度となく話題に登る「モバイルで先鋭発達したデータドリブンな経営手法を最大限活用し、来店を前提としない店舗構築」を行う事業である。

最大の事例は2019年5月、設立からわずか18ヶ月でNASDAQへ上場を果たした「瑞幸咖啡(Luckin Coffee)」と、アリババが出資するスーパーマーケット「盒馬鮮生(Hema Fresh)」だ。

Hemaの例(以下、動画)ではモバイルアプリと店舗体験、購買体験がなめらかに繋がりあっている。ユーザーは店舗で買ってフードコートで食事を楽しんでもいいし、配送を頼んでも良い。配送は30分以内で届くという柔軟さが売りだ。

なおHemaの店舗数は2019年8月時点で160店舗に到達しており、今後10年間で流通額16兆円の規模を目指すことを宣言している。

Hemaの店舗ごとの平均坪単位売上は5万元(約78万円)超と、同業他社の3倍以上の実績をもつと言われているが、この数値は日本の専門スーパーの平均350万円と比較して1/4以下と大きくビハインドしている(以下、日本の小売業とHemaの坪効率の比較)。

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Hemaは決して真新しいビジネスモデルで異常なKPIが叩き出しているわけではなく、まだまだ店舗小売についてはエコノミクスは改善の余地がある。この点は留意しておきたい。

参照

2. 小規模店のDXプラットフォーム事業

あまり日本では話題とならないが、スケールという意味ではこちらが本命であると考えている。アリババが展開する「零售通:Ling Shou Tong(LST)」が代表例だ。

自社のOMO事業により培われたアセットを提供し、600万の既存コンビニやパパママストア(小売業の70%を占める)をデジタル化するプラットフォームである。

LSTはすでに130万店(パパママストア全体の約22%)に導入され、寡占化が始まっている。この仕組みの利点を、3つの立場から読み解くことができる。

  • パパママストア: アリババが「店舗で売れそうな商品リスト」を自動で抽出、専用のモバイルアプリを利用しアリババのセンター倉庫から売れ筋の商品を仕入れられるようになる。MDの自動化、販促の最大化ができる。
  • 消費財メーカー: 従来マーケティングがほぼ不可能だった小規模店舗130万社へリーチできるようになる。「良い商品をLSTへ連携すれば、最適な店舗に配置されリーチが広がる」ため、販促が最大化できる。
  • アリババ: 大規模なオフライン店舗のID-POSデータが取得できるようになり、学習が進む。また物流のスケールメリットが効き、商品の配送コストを低く抑えエコノミクスを改良できる。結果として流通額のシェアを拡大できる。

筆者のLSTに対する印象

LSTはセブンイレブンのFC経営と本質的に近いのではないかと感じている。本体が店舗オーナーと契約によりネットワークを広げ、全国の販売データを元に開発されたPB商品を卸したり、販促施策を提供しているという点では非常に類似している。

筆者個人の印象として、LSTはFC経営をよりデジタル先鋭化し、FCに限らずすべての小規模店へ開放したようなイメージだ。以下は中国小売の師・家田氏 @IedaShogoへ質問した回答。

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OMOが発生した背景

中国ではこの10年、世界で最も高速にモバイルECが成長してきた。

これによる「顧客獲得コスト(CAC: Customer Acquisition Cost)の急増」と、モバイルのみでは「リーチしきれないユーザーの開拓の必要性」という2つのイシューが発生。これがOMOの背景であると考えられる。

以下、Internet Trends Report 2018の抜粋より詳細を見ていく。

急速なモバイルの普及

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約10年でモバイル普及が完了

2009年より爆発的にモバイルユーザーが増加、10年程度で約8億人をカバーし普及を完了した。

モバイルコマースの台頭

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モバイル普及期の中盤、2013年よりモバイルコマースが爆発的に成長。ECのモバイルシェアは73%に達する。

世界一のEC大国へ

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結果としてたったの5年程度で国全体のEC化率が

6%→21%

へと成長し世界一のEC国家となった。

なお、同時期の日本のEC化率推移は

3.8%→6.2%

である。

CACの高騰化

モバイルユーザーを瞬く間にECへとコンバージョンしていった結果、中国ではCACの急増が起きた。以下が顕著な例だ。

Alibaba

  • 2013年9月: 12.17元/人
  • 2018年12月: 77.99元/人

CACは5年で6.45x

Pinduoduo(共同購入EC、Tencentが出資)

  • 2017年Q2: 1.95元/人
  • 2018年Q4: 54.71元/人

CACは1.5年で28x

CACが許容範囲を大きく超えると、経済合理性が損なわれる。テックジャイアントが急速な成長と収益性を維持するには

  • よりCACが低いユーザー接点の発明
  • 主に農村部に住む8億人の非モバイルコマースユーザーへリーチする発明

が必要となった。そこで見いだされた解決策が、先に挙げた2つの「OMO」だったのではないかと考えられる。少なくとも要因の一つであることは間違いだろう。

クルマがほとんど普及していない中国

別の論点として、クルマの普及状況もある。

日本では1970年代より自動車が普及し始め、トラフィックの集まる場所が市街地からロードサイドへと変遷。ロードサイドを制したスーパーや専門店、コンビニが小売の覇者となった(参考)。

他方で中国では自動車より先にモバイルの普及が完了し、トラフィックは道ではなくインターネットに集まった。2017年末時点での自動車の普及率は15%に留まる。日米との差は明らかで、クルマは「これからのトレンド」なのである。

日本やアメリカであれば、クルマ前提でトラフィックの集まるロードサイドに「大型店」を構えることで効率よく多くのユーザーを集めることができた。しかし中国ではオフラインでの決定的なトラフィックポイントが生まれにくい。故に600万もの小規模店が未だに淘汰されず残っているとも考えられる。

点在するユーザーへリーチするためにも、LSTによるネットワーク化、既存小売のDXというアプローチは効率の良い戦略だったのだろう。

まとめ: トラフィックの転換点へエントリーする手段がOMOだった

これまでの小売を考えるシリーズの中で、「小売の成長はトラフィックの転換点にエントリーできるかどうかに依存する」と結論づけてきた。

中国における過去10年の「トラフィック転換点」は間違いなくモバイル・インターネットであり、エントリーが殺到した。しかしすでに成長が飽和し始めており、次なる転換点をオフラインへ見出そうとしている。

そのための手段が、「モバイルネイティブのための店舗」であり、「点在する小規模店のDX」というOMOだった。

また本稿では触れなかったが、OMOが成立する社会的な裏付けもある。

  • 中国にはすでに30年近く運用された全国民IDがある。これにより本人認証のコストが極めて低く、モバイルペイメントを筆頭とした金融サービスの普及ドライバーとなっている。
  • また農村と北京などの都市部の間に約7倍もの人件費格差があり、HemaなどOMOサービスのピッカー・配送員供給力として、出稼ぎ労働者が活躍している。

こういった前提のもとに、独自発展した事業であることを留意しなければならない。

多くの前提において、真逆の日本では「中国でうまくいったようにみえるOMO事業」が正解とはならないはずだ。