「長く付き合う」という技術

投稿日
2021/10/5
カテゴリ
Essay
もうすぐパートナーとの結婚から丸9年が経ち、10年選手が見えてきました。知り合ってからは12年が経過します。この期間を通じて自分を振り返ると
  • 9年前はサラリーマンで、今は経営者
  • 9年前は独身で、今は子供ふたりを加えた4人家族
といった外形的には大きな変化がありました。
 
しかし、これよりずっと内面的な変化がもたらされたと思っています。その中の一つが「長く付き合う」という心を扱う技術だと思います。
 
「長く付き合うのに心を扱う技術が必要とはどういうこと?」とピンと来ない方も多そうです。おそらく9年前の自分に言い聞かせても同じ反応をしそうです。
 
自分は今よりずっと断定的な人間でした。どういうことかというと、以下のような特性が(今よりもはるかに)強かったと考えています。
  • 自分の価値観をはっきりさせ、対象とのFit&Gapを明確にする
  • 自分と価値観が合わない場合は第一に距離を取る
  • もしくは自分か相手に「すぐ」変化を促す
このような特性は「自己を守る」「相手との衝突をできるだけ避ける」という側面では有効だったものの、多くの弊害があります。
 
例えば、人間というのは無数の価値観の塊です。ある人や事象と向き合おうと思った時に価値観というのは「合うものもあれば、ズレるものもある」のが普通です。この当然の事実に対して自分自身は理解力が乏しく、不器用で脆弱でした。どこかに「自分を100%理解してくれるだろう」「お互いは完全に価値観が一致するはずだ」という妄想的な側面があったと言わざるを得ません。
 
一つの大きな価値観のズレが、「その人」自体と距離を取ることに直結したことは数しれず。思えば多くの人と知り合うチャンスを自ら殺してきたとも言えます。
 
対象が「完全な他人」であればこのスタンス自体は大きく問題がなかったことでしょう。仕事で合わない人がいるのであれば転籍したり、転職したりすればいい。プライベートであれば、もうLINEをするのを辞めればいい。それだけで済むし、迷惑をかけずに完結させることもそこまで難しくはありません。
 
しかし「価値観のズレが発覚した対象」が「一生の伴侶と決めたパートナー」であったり、「自らの血を引いた子供」であったらどうでしょうか?
 
起業家であれば、「共同創業者や創業メンバー」「自らがオファーを出したメンバー」であったらどうでしょうか?
いずれの場合もその関係性を短絡的に断つことは難しく、また良い振る舞いであるとも思いません。
 
「大事な価値観が共有できること」は多くの場合で結婚を決めたり、なにかプロジェクトを一緒にはじめるに至る背景になることは多いでしょう。
 
価値観の一致ではなく、共有できること。相手を理解し、尊重できることが「共有」という言葉に含まれます。
 
しかし誰しも価値観は変化します。そして「共有」できるキャパシティもまた変化します。こういった変化の中で、なかなか受け入れがたい衝突も長年を共にする中で必ず発生する、と断言できます。
 
自分の場合、この10年の間何度もパートナーと「共有がうまくできない」という事象がありました。人生における優先順位、仕事に対するスタンス、子育てに対するスタンスなど、どれも重要なものばかりです。
(2019年の頭に発生したときにはブログも書いていました: 愛するということ)
 
はじめのころはこういった事象に対してひどく落ち込んでいました。
  • この先うまくやっていけるのだろうか
  • このまま一緒に居ていいのだろうか
といった、結婚や同居自体を否定するような考えを持つことも少なくなかったです。
 
ただこれらを繰り返す中で事象に対するパートナーのスタンスは明確に違うことに気づきました。彼女は「ズレに対してその場で答えを出すことを急がず、長く付き合う」という技術を使っていたのです。
 
この技術はただ一点の前提を必須とします。それは「一生を賭する」という前提に立脚することです。
その場、その時点での短期の幸福度を追求するならば、過去の自分の「断定をする」というスタンスは確実に正解と言えます。
しかし人生は短いようで長い。自分も周りの人も環境も変化し続けます。そんな中にあって、「関係に一生を賭する」というのはリスクある行為です。しかし結婚や創業というプロジェクトは本質的にそのリスクを取る行為であり、リスクをとったからこそできることが「長く付き合う」という技術の研磨です。
「長く付き合う」とは冒頭に記載した過去の自分のスタンスと真逆のものになります。
  • 長期的なパートナーシップを念頭に置く
  • 相手や自分や環境の変化、許容をゆっくりと待つことができる
  • 曖昧さも許容する
繰り返しですが、人間とは価値観の塊です。長く付き合えば、長く付き合っただけその人の価値観に触れることになり、価値観の数だけズレも発生します。ズレのたびに関係の解消を図っていたら最後に自分に残るものはなんでしょうか。
 
当然ながら僕自身も常に「長く付き合う」技術を発揮できているわけではありません。まだまだ研磨が必要です。
しかしこの結婚というパートナーシップを通じて、自分自身のなにかに向き合うスタンスが少しずつ少しずつ長期的なものに変化していったことは大きな前進だったと考えています。これは仕事の面でも活かされ、10Xという創業した会社がもつアイデンティティにも反映されていると思います。
 
私たちが一生でなし得ることは本当に少ないと思います。作品も、事業も、人間関係も、1つでいいからマスターピースを目指したい、というのは人間の本能ではないでしょうか。
そのためには「一生を賭すると決め、決めたらブレずに、焦らず許容と変化を少しずつしながら進歩していけばいい」そう思えるような、心を扱う技術が何より大事なのではないか。と、「結婚というパートナーシップ」から今も学び続けているわけです。
 
この駄文が誰かの役に立つとは思えませんが、ふと思いつく機会があり、筆を執りました。